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「麹」・・・その存在に生涯をかけ、焼酎丈化をつくりあげた河内源一郎

晩酌にかかせないお酒のひとつとして今や日本全国で愛飲されている焼酎。けれど今日の焼酎のブームもある一人の研究者がいなければ、なかったことかもしれません。

麹の神様とよばれ、麹研究に生涯をかけた河内源一郎は大蔵省鹿児島税務監督局の鑑定官として鹿児島に赴任しました。明治42年、源一郎の職務は南九州一帯の味噌・醤油・焼酎製造の指導監督でしたが、当時の鹿児島では、暑い南国の土地柄、品質の良い焼酎は製造できませんでした。その原因が麹菌にあることをつきつめた源一郎は、さらに気温の高い沖縄の「泡盛」に使用されている黒麹菌に着目。実に3年にも及ぶ苦心の研究の末、焼酎製造に応用することに成功しました。これにより、品質の安定した、良質な焼酎づくりが九州全土に普及されていったのです。

それでもさらにおいしい焼酎づくりを目指す源一郎は、泡盛の中から新種の麹菌を培養することにも成功。従来の麹菌に比べ格段に香りも高く、まろやかで味の良い焼酎を生み出すこの新しい麹菌は発見者の名にちなみ「河内白麹菌」と名付けられまtた。この麹菌の発見により、焼酎づくりは九州のみにとどよらず、韓国や満州までにも普及し、源一郎は現地におもむき焼酎づくりの指導も行いました。アジア各国で愛飲されている焼酎のほとんどはこの麹菌と当時の指導の賜物と言えるでしょう。

現在では日本で生産されている焼酎の実に約8割がこの「河内白麹菌」でつくられています。

その後も源一郎は生涯麹の研究を続け、今日ではうまみ成分としてあまりに有名なグルタミン酸ソーダーの発酵技術を開発した後、世に発表する間もなく研究人生を閉しま1た。倒れたその瞬間にも懐には麹菌を培養するシャーレを抱えていたという壮絶な人生で-た。

源一郎の"おいしい麹"を通じて、人々を幸せにしたいという遺志は今日も錦灘酒造のすみずみまで息づいております。

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