河内源一郎物語

初代河内源一郎は、旧大蔵省の技官として鹿児島に赴任し、焼酎製造に関する指導をしておりました。巡回指導で蔵元を訪れるたびに相談されるのが、「安定した品質の焼酎が出来ない」といった杜氏達の嘆きの声。本来、研究者肌の源一郎は、その原因を調べ上げ、そして解明。「原因は麹にあり」。
南国鹿児島で清酒に用いる黄麹を焼酎に使用することが問題と判断した源一郎は、鹿児島よりさらに暑い沖縄の泡盛に使用する黒麹に注目する。そして黒麹
を使用するが、安定した品質のものが出来るものの、味の面で納得がいかない。研究を重ねる源一郎は苦心の末、新しい種類の分離に成功する。これが「河内菌」と呼ばれる白麹である。この白麹で造られた焼酎は、従来の麹菌で造られたものより明らかに優れたものとなった。
その後、源一郎は旧大蔵省を退官し、優れた焼酎を生み出す白麹を普及させるため麹屋として焼酎文化の発展に身を投じました。源一郎がその生涯を捧げて普及に努めた白麹は、日本中の90%の焼酎メーカーで採用され、多くの焼酎に使用されております。